【3:14】
『また、あなたの父ダビデが歩んだように、あなたもわたしのおきてと命令を守って、わたしの道を歩むなら、あなたの日を長くしよう。」』
ここで神が言われた通り、ソロモンが神に聞き従うならば長生きできました。命令を守るならば長生きできるというのは、律法の中でも約束されていることです。神は御自分に聞き従う者に長寿という褒美を与えて下さるわけです。私たちは、もし部下であれ生徒であれ子どもであれ、非常に良い歩みをしたならば、その者に褒美を与えてやらないでしょうか。人によっても違うでしょうが、そのようにする人は少なくないはずです。神の場合もそれと同じなのです。ですから、ソロモンは箴言でこう言ったのです。『謙遜と主を恐れることの報いは、…いのちである。』ダビデは神の命令に聞き従って歩みました。勿論、ダビデもバテ・シェバの件や不遜な人口調査などにおいて、神に背くことがないわけではありませんでした。何故なら、ダビデも罪人に過ぎない存在だったからです。ソロモンは『罪を犯さない人は一人もいない』と言っています。しかし、ダビデは全体的に見れば、神にいつも従って歩んでいたと言えるのです。神はここでソロモンがそのようなダビデと同じようにして歩むよう求めておられます。というのも、ダビデが神に聞き従ったのは良いことであり、その子ソロモンもダビデと同じようになるべきだからです。神がここで言っておられるのは普遍的な内容のことです。つまり、いつの時代であっても、律法を守り行なう者は神に祝福され長生きできるのです。ですから、私たちは神に聞き従って歩むべきでしょう。そうすれば私たちも神から地上での長寿を受けられることを期待できます。私たちが純粋かつ熱心に仕えるならば、確かにそれを期待していいのです。私たちは地上での長寿を望まないでしょうか。もし望むならば神の命令に聞き従うのが良いのです。もし神に背くならばニーチェのごとく呪われて悲惨になっても自業自得です。なお、ここで『おきて』『命令』『道』と言われているのはどれも律法を指しています。聖書で「3」回は強調を示す回数ですから、ここでこのように言われているのは、つまり「律法」を強調していることになります。