【6:2】
『ソロモン王が主のために建設した神殿は、長さ六十キュビト、幅二十キュビト、高さ三十キュビトであった。』
ソロモンは『主のために』宮を建設しました。すなわち、「自分のために」ではありませんでした。これは神が御自分の宮を建設させるため聖なる志をソロモンに与えられたからなのです。だからこそ、ソロモンは『主のために』宮を建てることができたのです。このような聖なる志もそうですが、何事であれ良いものは神によらねば受けることができません。『人は天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。』とヨハネ福音書で書かれている通りです。私たちも何かをする際は、『主のために』為すべきでしょう。何故なら、そうしなければ全てが虚しくなるからです。詩篇127:1~2の箇所でソロモンがこう言っている通りです。『主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。あなたがたが早く起きるのも、おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。』さて、よく言われる「敬虔」とはいったい何なのでしょうか。それは何かを『主のために』為すことなのです。
ソロモンが主のために建てた宮は『長さ六十キュビト、幅二十キュビト、高さ三十キュビト』であり、1キュビトは約44cmですから、つまり宮は長さ26.4m・幅8.8m・高さ13.2mでした。宮は横に細長かったことが分かります。このような形状が神の御心でした。この宮は高さが約13mもありますが、しかしあるのは1階だけです。私たちはこの宮における形状を、決して問題視したり、もっと良い形状があったなどと言ってはなりません。何故なら、このような形状の宮に神は住まわれたのだからです。つまり、神はこの形状で良しとされたのです。聖書で神はこの形状を全く問題視しておられません。ですから、宮の形状はこれで完全にベストだったのです。