【8:8】
『それは今日までそこにある。』
この箇所はかなり重要です。何故なら、ここで言われていることから、大まかにではあれ私たちの今見ているⅠ列王記がいつ書かれたか分かるのだからです。ここで言われている通り、Ⅰ列王記の記者が生きていた時代には、まだ聖なる箱が至聖所にありました。つまり、まだ宮が存在していました。もう宮が破壊されて無くなっていたならば、このようには言われていなかったでしょう。ですから、このⅠ列王記が書かれたのは、宮が滅ぼされる紀元前585年よりも前だったことになります。しかし、いつの年に書かれたかという詳しいことまでは分かりません。ここで記者は、宮が再建されてからのことを言っているのではないはずです。そのように捉えるのはあまり自然ではありません。ここで言われているのはまだ宮が滅ぼされる前における『今日』だったはずです。
【8:9】
『箱の中には、二枚の石の板のほかには何もはいっていなかった。これは、イスラエル人がエジプトの地から出て来たとき、主が彼らと契約を結ばれたときに、モーセがホレブでそこに納めたものである。』
聖なる箱の中には『二枚の石の板』が入っていました。それ以外には何も入っていませんでした。その板は、モーセが手に持った正真正銘の律法の板でした。モーセはもうとっくの昔に死んでいましたが、この板は無くなっていませんでした。ソロモンの時代になるまで約300年の間、この板はずっと残されていたのです。しかし、その板は箱の中に入っていましたから、誰も勝手に中を覗くことはできませんでした。そうするのは神に対して不敬なことだからです。そもそも板の入ったこの箱は至聖所に置かれていましたから、イスラエル人は開けて中を見るどころか、箱の外観を実際に見ることさえできませんでした。