【8:10~11】
『祭司たちが聖所から出て来たとき、雲が主の宮に満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が主の宮に満ちたからである。』
どれだけの祭司たちが聖所に入って作業をしていたかは分かりません。箱は複数の祭司たちが運びましたから、1人か2人だけしか入らなかったということは考えられません。祭司たちが作業を完了して宮から出て来ると、『雲が主の宮に満ち』ました。その時、宮の中にはもう誰もいなかったはずです。聖書において雲は神の栄光と権威を象徴しています。この時もそのような意味で雲が現われました。この時、主は御自身の栄光と権威をイスラエル人に対して示されたのです。こうしてイスラエル人は、主が宮におられるということを、まざまざと感じたはずです。その時まではまだ祭司たちが宮で仕えることができました。しかし、雲が現われたので、『祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができ』ませんでした。雲により宮の中が見えなかったのでしょうか、それとも雲に妨げられて入ろうにも入れなかったのでしょうか、または畏怖により入ることを躊躇したのでしょうか。どうだったかは分かりませんが、とにかく雲により遮られたため祭司たちは宮で仕えることができませんでした。
【8:12~13】
『そのとき、ソロモンは言った。「主は、暗やみの中に住む、と仰せられました。そこで私はあなたのお治めになる宮を、あなたがとこしえにお住みになる所を確かに建てました。」』
宮に雲が満ちたのは、宮が完成したという聖なる合図だったと考えてよいでしょう。この聖なる出来事が区切りの出来事だったのは間違いありません。ですから、ソロモンは神に対して言葉を述べました。まずソロモンは、主が『暗やみの中に住む』ということについて述べます。これは主が御自身で言われたことです。神御自身はヨハネも言ったように『光』であられます。しかし、光であられる神は『暗やみの中に住む』のです。これは光であられる神が決して見られないということを示しています。何故なら、神は光であられるものの、『暗やみ』の中に御自身を隠されるのだからです。
神はこのように暗い場所に住まわれます。ですから、ソロモンは神の住まわれる宮を建てたのです。というのも、神の住まわれる至聖所は暗い場所だったからです。聖所はメノラーの灯火によりいつも明るかったのですが、その向こうにある至聖所は明るくありませんでした。この宮は神が『お治めになる宮』です。神はこの宮の至聖所の場所からイスラエルを支配されたからです。また、その宮は神が『とこしえにお住みになる所』でした。確かに神は宮にとこしえまでも住まわれます。神の住まわれる宮は今や石造りの宮から聖徒となりました。ですから、神は昔も今もこれからもずっと宮に住まわれます。