【8:64】
『その日、王は主の神殿の前の庭の中央部を聖別し、そこで、全焼のいけにえと、穀物のささげ物と、和解のいけにえの脂肪とをささげた。主の前にあった青銅の祭壇は、全焼のいけにえと、穀物のささげ物と、和解のいけにえの脂肪とを受け入れるには小さすぎたからである。』
既に見た通り、この時に用意された捧げ物は非常に多い量でした。ですから、『主の前にあった青銅の祭壇』では、それら全てを捧げるには『小さすぎ』ました。この『青銅の祭壇』は宮の庭の北側にあり、それは宮から見れば左側にありました。この祭壇の詳細は既に見た通りです。こういうわけでしたから、ソロモンは『主の神殿の前の庭の中央部を聖別し』、その場所で捧げ物が捧げられるようにしました。『中央部を聖別』したならば、そこにも犠牲式の祭壇を置けるようになります。そうすればそこで大規模に捧げ物を捧げることができます。つまり、このように庭の中央部を使わなければならなくなるほど用意された捧げ物は多かったわけです。しかし、このように庭の中央部が聖別されたのは、あくまでもこの時に限られました。これからも聖別された状態が続き、中央部で捧げ物を捧げることができたわけではありません。これからは通常通り『主の前にあった青銅の祭壇』でのみ捧げ物が捧げられたはずです。この時にソロモンが『中央部を聖別し』たのは、どうしても仕方が無かったのです。ソロモンが捧げたのは全部で3つでした。『全焼のいけにえ』は罪の贖いのためです。『穀物のささげ物』は感謝の捧げ物です。『和解のいけにえ』とは神と和解するための犠牲です。この時の大規模な犠牲式における捧げ物を、神はその御前で受け入れられたことでしょう。何故なら、この時は記念すべき喜ばしい時だったからです。またこの時のイスラエル人は神に対する背きの罪を犯していなかったはずです。ですから、この時のイスラエルに神への捧げ物が拒まれる理由は何もありませんでした。