【9:12~13】
『しかし、ヒラムがツロからやって来て、ソロモンが彼に与えた町々を見たが、それは彼の気に入らなかった。それで彼は、「兄弟よ。あなたが私に下さったこの町々は、いったい何ですか。」と言った。そのため、これらの町々はカブルの地と呼ばれた。今日もそうである。』
ソロモンから与えられた町々はヒラムの気に入りませんでしたから、そこは『カブルの地』すなわち「ないのと同じ」という意味の地名を付けられました。このように名付けられたのは、ヒラムの嘆きが大きかったことを示しています。ヒラムはソロモンから返礼として町々を受けたものの、喜びは全くありませんでした。ヒラムがその町々を見ようと『ツロからやって来』た際、少しぐらいは期待していたかもしれません。しかし、そのように期待していたとしても、その期待は全く裏切られてしまいました。この『カブルの地』という名は、『今日』すなわちⅠ列王記の記者が生きていた時代に至るまでそう呼ばれ続けていました。つまり、カブルと名付けられてから名称の変更が行なわれることはありませんでした。地名というものは、何か特別な理由でもない限り、基本的にずっとそのままで呼ばれ続けるものです。ヒラムのような王の言葉に基づく地名の場合は尚のことそうです。この『今日もそうである。』という部分は、この巻が書かれた時期を特定するための手掛かりとなるでしょう。しかし、ソロモンはどうしてヒラム『の気に入らな』いような町々をヒラムに与えたのでしょうか。ソロモンにとっては問題がなくても、ヒラムの求めていた最低基準に達していなかったということなのでしょうか。それともソロモンは単にケチケチしただけなのでしょうか。そうでなければ、イスラエルの地は神により相続地として与えられた場所でしたから、そのように大事な場所を与えるというのであれば、神に対する配慮として、どうしても価値の少ない場所を与えるより他なかったのでしょうか。つまり、本当は与えるべきでない場所を与えることになったため、仕方なくどうでもいいような場所を選んだということなのでしょうか。ソロモンがどうしてヒラムの不満がる町々を与えたかは私たちに分からず、聖書もその理由について何も述べていません。ヒラムがここでソロモンを『兄弟』と呼んでいるのは、ヒラムとソロモンに幸いな関係があったことを意味しています。実際にソロモンとヒラムが血縁的な兄弟だったというのではありません。しかし、ヒラムはソロモンを実際の兄弟でもあるかのごとく親しく取り扱っているのです。
【9:14】
『ヒラムは王に金百二十タラントを贈っていた。』
ヒラムがソロモンに贈っていた『百二十タラント』の金は、1タラントが34kgですから、すなわち4080kgです。金の価格は時代により大きく変動しますから、その点を考慮すべきですが、金1kgの価格を1000万円だとすれば、ヒラムがソロモンに贈った金は現在価格で408億円となります。これはかなりの額、かなりの重さです。この「120」タラントという数字に何か意味は潜んでいるでしょうか。もし潜んでいるとすれば、これは選別を示す「12」かける完全数である「10」に分解すべきでしょう。つまり、ヒラムは自分の所有する金の中から完全な贈り物として相応しくなるような量を選び取り贈ったということです。この箇所で贈られたと言われている金は、先の箇所で書かれていた金とはまた別物でしょう(Ⅰ列王記9:11)。先の箇所で書かれていた金は、建設のため用立てられた金でした。しかし、この箇所で書かれている金は、純粋な贈り物としての金です。こういった大きな贈り物は、幸いな関係を築くため、また幸いな関係を保ち続けるために強い効果を発揮します。人は十分な贈り物により他者の心をがっちりと掴めるのです。