聖書の学び

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Ⅰ列王記19:10(2024/06/20)

【19:10】
『エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。』
 エリヤは神に対して自分が『熱心に仕え』たと言います。これは本当のことでした。何故なら、エリヤは神が何もかも知っておられることを知っていたからです。もし偽りを言っても神にすぐ見抜かれてしまいます。このような神に対して『エリヤは答えた』のです。ですから、エリヤが偽りを言うはずなどありません。エリヤは本当に『万軍の神、主に、熱心に仕え』ていたのです。これはこれまでのエリヤの歩みを見ても分かります。エリヤはアハブに対して大胆に語りました。またエリヤは神の導かれる所にどこでも行きました。ホレブ山まで『四十日四十夜』をかけて行ったのもそうです。バアル崇拝者たちと戦った際も、エリヤは神のために仕えました。これらの奉仕において、その『熱心』さは純粋でした。しかし、エリヤが『熱心に仕え』たのは、エリヤ自身の力というより、神の働きかけによる御恵みでした。何故なら、人は誰でも堕落しており霊的に無能力だからです。もし神の御恵みが注がれなければ、誰であっても神に逆らうことしかできません。エリヤも神の御恵みを受けていなければ、神に『熱心に仕え』ることはできなかったでしょう。しかし、エリヤには神の御恵みがあったので、『熱心に仕え』ることができました。神に熱心に仕えたパウロも同じ類のことを言っています。

 

 エリヤがこう言ったように全ての聖徒が言えれば、どれだけ良いことでしょうか。何故なら、神は全ての聖徒が熱心に仕えるのを望んでおられるからです。パウロが『勤勉で、怠らず、霊に燃えて主に仕えなさい。』とローマ書で命じた通りです。全ての聖徒がエリヤのごとく熱心になるのは、実現性として可能です。神が全ての聖徒に御恵みを注がれるならば、全ての聖徒は必ずエリヤのごとく熱心になるからです。