聖書の学び

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Ⅰ列王記20:5~6(2024/07/09)

【20:5~6】
『使者たちは再び戻って来て言った。「ベン・ハダデはこう言われる。『私は先に、あなたに人を遣わし、あなたの銀と金、および、あなたの妻たちや子どもたちを私に与えよ、と言った。あすの今ごろ、私の家来たちを遣わす。彼らは、あなたの家とあなたの家来たちの家とを捜し、たとい、あなたが最も大事にしているものでも、彼らは手に入れて奪い取るだろう。』」』
 アハブがベン・ハダデに対して降伏の意を示したので、使者たちはそのことを報告しに帰って行きました。そしてベン・ハダデにアハブの降伏を告げてから、使者たちはサマリヤに『再び戻って来』ました。それはベン・ハダデからの言葉をアハブにまた告げるためでした。使者たちは、先にベン・ハダデからの言葉として述べた事柄、すなわち銀金および妻子たちを奪い取るという事柄をもう一度アハブに告げました。ですから、この箇所で言われている内容は、先に見た3節目の内容と同じです。ただ先の場合とここでは少し言い方が異なっています。こうしてベン・ハダデの『家来たち』により、アハブは『最も大事にしているものでも』奪い取られることとなりました。ベン・ハダデは全く容赦しない姿勢をここで示しています。このままであればアハブは本当にベン・ハダデから多くを奪い取られてしまうのです。しかし、こうなったのはアハブが降伏したのですから当然のことでした。何故なら、降伏したならば勝者の奴隷となるからです。奴隷となるならば、その所有物は勝者の支配下に置かれるのが自然なことなのです。

 

 アハブがこのような悲惨を味わうことになったのは、偶像崇拝の罪に対して神から注がれた呪いでした。もしアハブとイスラエル偶像崇拝の罪を犯していなければ、このような悲惨は生じていなかったはずです。ですから、こうなったのはアハブが自ら招いた悲惨だったと言えましょう。アハブは偶像崇拝という忌まわしい悪の種を蒔きました。神はその種が結ぶ実をアハブに刈り取らせたのです。全てアハブのような悲惨を味わいたくない者は、罪を避けるべきでしょう。罪を犯していながら呪われずにいるというのはできない話だからです。毒を飲んだら害が生じないでしょうか。害を避けることはできないでしょう。罪と罰もその通りです。