聖書の学び

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Ⅰ列王記20:7(2024/07/10)

【20:7】
『そこで、イスラエルの王は国のすべての長老たちを呼び寄せて言った。』
 ベン・ハダデから『最も大事にしているものでも』求められたアハブは、大いに悩まされました。何故なら、銀金や妻子たちを奪い取られるのは、あまりにも大きな悲惨だからです。このような悲惨が襲いかかっても、悩まないでいられる人はほとんどいないはずです。多くの人であれば、たとえ一人の子どもを奪い取られるだけでも悩まされるでしょう。アハブはその数倍また数十倍をも奪い取られるのです。ですから、アハブが悩まずにいるのはほとんど不可能でした。ほとんど全ての人はこのアハブのような悲惨を味わったことがないでしょうから、アハブの悩みがどれほどだったか知るのは難しいはずです。私たちはただその悩みを想像することしかできません。このように悩まされたアハブは、『国のすべての長老たちを呼び寄せ』ました。それは長老たちに今回の悲惨を打ち明けて相談するためでした。王はこのように大事な事柄で長老などにしばしば相談するものです。何故なら、長老たちの知恵や助言があれば、それだけ幸いな判断に繋がる可能性は高まるからです。この時に呼び寄せられた『長老たち』は恐らく70人だったはずです。モーセ時代の長老たちもやはり70人でした。

 

『「あの男が、こんなにひどいことを要求しているのを知ってほしい。彼は人を遣わして、私の妻たちや子どもたち、および、私の銀や金を求めたが、私はそれを断わりきれなかった。」』
 アハブは自分の悲惨と不満を、呼び寄せた長老たちに打ち明けました。ここでアハブはベン・ハダデに対する不快感を示しています。ベン・ハダデはあんなことを求めたのですから、アハブが不快になるのは当然のことでした。しかし、アハブはその求めを断りたかったものの『断わりきれ』ませんでした。何故なら、もし断ればベン・ハダデを怒らせるでしょうから、アハブに命の危険や拷問もしくは束縛などの可能性が高まるのは明らかだったからです。しかし、このように断れなくなるのが現実でした。それはアハブが偶像崇拝という酷い罪を犯していたことに対する報いなのです。