Ⅰ列王記20:13(2024/07/17)
【20:13】
『見よ。わたしは、きょう、これをあなたの手に引き渡す。あなたは、わたしこそ主であることを知ろう。』」』
ベン・ハダデは『おびただしい大軍』を動員しましたから、アハブとイスラエルは勝てそうもないと感じたかもしれません。ベン・ハダデは32人もの王を服させた強大な大王なのです。その大王ベン・ハダデが全力を出すのですから、勝利の見込みを持てなくても不思議ではありませんでした。先にアハブが勝利宣言をしたのは、単に強がっていただけでしょう。何故なら、最初にサマリヤが包囲された際、アハブはベン・ハダデに対して降伏したのだからです。しかし、神は『おびただしい大軍』を動員させたベン・ハダデをアハブ『の手に引き渡』されます。このため、アハブが勝ち、ベン・ハダデが負けることになります。もし神が働きかけて下さらなければ、アハブはとてもベン・ハダデに勝てなかったでしょう。けれども神がベン・ハダデを渡されるので、アハブは本来であれば勝てない相手に勝てるわけです。人間の見方がどうであれ、神が勝利させて下さる側こそ勝利を得られるのです。神はここで『見よ』と言っておられます。これは、これから神が実現して下さる勝利をよく注目せよという意味でしょう。神がアハブに敵を渡して下さるのです。であれば、どうしてアハブはその出来事を重視しなくていいことがあるのでしょうか。
このようにしてアハブは神こそ『主であることを知』ることとなります。何故なら、イスラエルがアラムに打ち勝つというのは、神の働きかけがなければ起こり得ない出来事だからです。ですから、アハブはその勝利において神こそ真の神であられることを知るわけです。神がこのように御自分をアハブに知らせて下さるのは、御自分の栄光を現わされるためです。アハブがそれまで拝んでいたバアルを偽りの神であると知り、神こそ真の神であると知って恐れたり崇めたりするならば、それは神の栄光となるからです。