聖書の学び

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Ⅰ列王記20:23(2024/07/27)

【20:23】
『「彼らの神々は山の神です。』
 アラム王の家来たちは、真の神のことを『山の神』と言っています。これは神がよく山の場所でイスラエル人に御自分を示しておられたからです。モーセが神の御前にいたのはシナイ山でした。エリヤの求めに神が答えて下さったのも、山においてでした。神の神殿が建てられたエルサレムは山の場所です。キリストも祈るためによく山に行かれました。このように真の神を『山の神』と言うのは、アラム人でない他の民族でもそうだったはずです。つまり、ヤハウェが『山の神』だというのは当時の異邦人社会における一般的な理解だったと考えられます。

 

 しかし、真の神を『山の神』とするのは正しくありませんでした。何故なら、これは神が単に『山の神』でしかなく、低地の神ではないとすることだからです。実際にアラム人たちは『主は山の神であって、低地の神でない』(Ⅰ列王記20章28節)と言っていました。神が『山の神』であられるのは確かです。しかし、神は『山の神』であると同時に『低地の神』でもあられます。何故なら、神は全宇宙の神であられるからです。神は全宇宙の神であられるものの、山の場所で御自分をイスラエル人によく示しておられただけでした。これはイスラエル人に御自分の至高性をよく分からせるためなのです。しかし、このためにアラム人は、神が単に『山の神』でしかないと思ってしまったのです。「とんでもない思い違い」とは正にこのことでしょう。またアラム人が神を『神々』と言っているのも正しくありませんでした。『神々』であれば多神教となります。真の宗教は多神教でありません。モーセはこのように言いました。『聞きなさい。イスラエルよ。ヤハウェはただ一人である。』パウロもこう言っています。『神は唯一です。』既に知られている通り、神には3つの位格があります。しかし、だからといって3人の神々がおられるというのではありません。何故なら、神は三位一体であられる御方だからです。