聖書の学び

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Ⅰ列王記22:34~35(2024/10/08)

【22:34】
『ところが、ひとりの兵士が何げなく弓を放つと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた。』
『そこで、王は自分の戦車の御者に言った。「手綱を返して、私を敵陣から抜け出させてくれ。傷を負ってしまった。」』
 神の刑罰により致命傷を負ったアハブは、実に悲惨な状態となりました。このままでは死んでしまう。ですから、『敵陣』にい続けることが難しくなりました。このため、アハブは『自分の戦車の御者』に『手綱を返して、私を敵陣から抜け出させてくれ。』と頼みます。これはもし敵陣にい続けるならば、負傷した身体への対処など諸々の困難が生じるためでしょう。

 

【22:35】
『その日、戦いはますます激しくなった。王はアラムに向かって、戦車の中に立っていたが、夕方になって死んだ。傷から出た血は戦車のくぼみに流れた。』
 アハブが致命傷を負ってから『戦いはますます激しくな』りました。イスラエルはラモテ・ギルアデを取り返したいのですが、しかしアラムはそれを手放したくないからです。どちらも妥協すれば領土を保持もしくは手に入れることが難しい状態だったのでしょう。敵陣から抜け出したアハブは、『アラムに向かって、戦車の中に立ってい』ました。つまり、アハブは敵陣からは抜け出したものの、戦場にはずっといたのです。これは戦場からも抜け出せば、実際的な指示を出すのが難しかったからだとも考えられます。こうしてアハブは『夕方になって死』にました。アハブはヨシャパテに王服を着せる一方、自分は変装したのですから、何とかして神の罰を免れることが出来ると思っていた可能性もあります。しかし、神の刑罰は容赦なくアハブに注がれました。この時にアハブの『傷から出た血は戦車のくぼみに流れ』ました。これは出来事の生々しさをよく示しています。この記述から、私たちはアハブに神から与えられた刑罰がどのようであったかよく感じることが出来るでしょう。