聖書の学び

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Ⅰ列王記22:43(2024/10/18)

【22:43】

『しかし、高き所は取り除かなかった。民はなおも、その高き所でいけにえをささげたり、香をたいたりしていた。』
 ヨシャパテは全体として良い歩みをしましたが、『しかし、高き所は取り除』きませんでした。『高き所』とは、前にも述べた通り、偽りの神々である偶像を祀る高い場所のことです。このように罪深い場所は即座に取り除かれるべきでした。しかし、ヨシャパテはそうしませんでした。これは、ヨシャパテが偶像崇拝への思いを完全には捨てていなかったことを意味します。ここにヨシャパテの罪深さがありました。このように『高き所』がずっと保たれていましたから、『民はなおも、その高き所でいけにえをささげたり』していました。その生贄を捧げる対象は偶像です。また民はそこで『香をたいたり』もしていました。これもやはり偶像に対しての香でした。それが対象となるべきは疑いもなく真の神だけです。ヨシャパテが『高き所を取り除かなかった』からこそ、民はこのように高き所で偶像崇拝をしていたのです。ヨシャパテは高き所を除かないことで、民に偶像崇拝を許容していたのも同然でした。何であれ支配者が否定しないのは、民から事実上の認可と見做されるものです。ですから、支配者は禁止すべき邪悪な事柄を明確に禁止せねばならないのです。そうしなければ、民は「OKサイン」が出されていると感じることになるでしょう。