聖書の学び

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Ⅱ列王記2:21~22(2025/01/05)

【2:21~22】
『塩をそこに投げ込んで言った。「主はこう仰せられる。『わたしはこの水をいやした。ここからは、もう、死も流産も起こらない。』」こうして、水は良くなり、今日に至っている。エリシャが言ったことばのとおりである。』
 水の源に行ったエリシャは、塩をそこに投げ込みます。その際は、神の言葉が告げられました。すると、そこの『水は良くなり』ました。神が『この水をいやした』からです。塩を投げ込む際に神の言葉が語られたこと。これが重要な点です。もしエリシャが塩を投げ込む際に告げなければ、この水は癒されなかったでしょう。先に神を呼び求めること無しに水を打っても、水が引き裂かれなかったのと同じです。何故なら、もし御言葉抜きに水が癒されたとすれば、神が水を癒されたことが示されませんから、エリシャに栄光が帰されてしまいかねないからです。このようにして神はエリシャを通して、エリコの水を良くされました。エリコに御恵みが注がれたわけです。水が良くなってから『今日にいたっている』と書かれているのは、つまりⅡ列王記におけるこの箇所が書かれている時の『今日』です。この箇所が書かれた時まで長い間、ずっとエリコの水は清いままに保たれていました。