聖書の学び

聖書の学び

Ⅱ列王記2:24(2025/01/09)

【2:24】
『彼は振り向いて、彼らをにらみ、主の名によって彼らをのろった。すると、森の中から二頭の雌熊が出て来て、彼らのうち、四十二人の子どもをかき裂いた。』
 町から出て来た子どもたちにからかわれたエリシャは、『振り向いて、彼らをにらみ、主の名によって彼らをのろ』いました。エリシャが子どもたちに『振り向い』たのは、エリシャが子どもたちの侮辱を強く心に留めたことを示しています。そして『彼らをにらみ』つけたのは、その侮辱に大きな憤りを抱いたことを意味します。『主の名によって彼らをのろった』のは、つまり自分の怒りを神に委ねたのです。こうすると雌熊が出て来て、その子どもたちのうち『四十二人の子どもをかき裂』きました。子どもたちは神に仕えるエリシャを侮辱したのですから、神を侮辱したのも同然でした。ですから、神はエリヤの呪いを有効とされ、子どもたちに働きかけたのです。神の怒りがこの雌熊において示されたとすべきでしょう。つまり、この雌熊たちは、神の怒りを実際に物質化した存在だったわけです。この時にかき裂かれた『四十二人の子ども』たちは、全体の部分であり、全ての子どもがかき裂かれたわけではありません。この子どもたちがかき裂かれて死んだかどうかは分かりません。また死んだにしても、どれぐらいの割合で死んだかまでは分かりません。

 

 律法では『復讐してはならない。』と命じられています。エリシャはこの時に呪うことで復讐したと言えるでしょうか。これについて気になる人もいるかもしれません。この時にエリシャが復讐したとは言えないでしょう。何故なら、エリシャは単に神により呪っただけだからです。実際に復讐されたのは神であられました。エリシャは子どもたちに手を出していません。もしエリシャが実際に手を出していたとすれば、それは律法に違反していたことでしょう。しかし、エリシャはそのようなことをする人ではありませんでした。

 

 この時に『四十二人』の子どもがかき裂かれたのは、象徴的な意味があります。つまり、偶然に42人がかき裂かれたのではありません。神の意図により42人がかき裂かれたのです。この「42」とは、聖書で少しだけの数量を意味します。ですから、この時にかき裂かれた子どもたちは、全体に対し少しだけだったことが分かります。かき裂かれないでいた子どもたちがかなりいたのです。また聖書でこの数字は3つの「14」から成り立っており、構成された内容であることをも意味しています。ですから、この時にかき裂かれた子どもたちは、3つの群れに分かれていたでしょう。つまり、42人が一纏めにしてかき裂かれたのではないのです。