【6:31】
『彼は言った。「きょう、シャファテの子エリシャの首が彼の上についていれば、神がこの私を幾重にも罰せられますように。」』
アラム軍に包囲されていたため、サマリヤには惨めな状況がありました。そのような状況にあって、イスラエル王は、女から実に耐え難い話を聞かされました。このようですから、王の心は憤りに満ちていたことでしょう。王はこのようになった責任を、愚かにもエリシャに押し付けました。『エリシャの首が彼の上についていれば』とは、つまりエリシャを斬首で処刑するという意味です。これはエリシャのせいでこういった悲惨が起きたと考えたからに他なりません。しかし、エリシャは悲惨の原因ではありませんでした。その原因は、イスラエルが犯していた諸々の罪にあったはずです。それにもかかわらず、イスラエル王はもしエリシャを処刑しなかったなら『神がこの私を幾重にも罰せられますように。』と言って、エリシャを処刑すると誓うほどでした。このことから、王がどれだけエリシャを憎んでいたかよく分かるでしょう。何かの大きな悲惨が生じると、人はこのように憎む者へと悲惨の責任を帰そうとするものなのです。