聖書の学び

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Ⅱ列王記7:3~4(2025/07/07)

【7:3~4】
『さて、町の門の入口に四人のらい病人がいた。彼らは互いに言った。「私たちはどうして死ぬまでここにすわっていなければならないのだろうか。たとい、私たちが町にはいろうと言っても、町はききんなので、私たちはそこで死ななければならない。ここにすわっていても死んでしまう。さあ今、アラムの陣営にはいり込もう。もし彼らが私たちを生かしておいてくれるなら、私たちは生きのびられる。もし殺すなら、そのときは死ぬまでのことだ。」』
 サマリヤの町の門には4人のらい病人が座っており、彼らも当然ながら飢饉に巻き込まれていました。彼らは人々が住んでいる場所から遠く離れて座っていました。彼らの数が『四人』だったのは、ただ単に4人だっただけであり、何か特別な意味は持たないでしょう。このらい病人たちの名前や年齢などは分かりません。彼らは、このままであれば飢饉により死んでしまうと感じました。町の中も飢饉でしたから、町の中に入ったところで、大きな違いはありませんでした。つまり、どちらにいても結局は死ぬという同じ結果になるわけです。そうなるぐらいなら、いっそのことアラムの陣営に入り込んでみようではないか、と彼らは言いました。そうすればアラムが情けをかけ生かしてくれる可能性もあるからです。もし彼らがアラムに行ったらアラム人から殺されるかもしれません。しかし行かなくても結局は飢饉で死ぬことになりますから、行くことにリスクは無いも同然でした。このような志を彼らに与えられたのは神です。それは彼らがアラムの陣営に入り込むことで、これからイスラエルに神の恵みが注がれるためでした。