『イスラエルの王、ダビデの子、ソロモンの箴言。』(1:1)
まず最初は、この巻における全体が定義される。ここでは、この巻がどのような内容であるか短く示されている。神は、ソロモンによる箴言も聖書に収められるのを望まれた。それが永遠の昔からの定めだったからである。その理由は、神の子らがソロモンの英知を学び、知恵深い歩みをするようになるためだったに違いない。何故なら、神は知恵のある御方だからである。神の子らは、この神に似た歩みをするのが相応しい。
「イスラエルの王」
今のイスラエルがある地には、かつてイスラエル王国があった。それは紀元前1100年頃に王国として生まれ、しばらくして北王国イスラエルと南王国ユダの2つに分裂した。北王国は前8世紀に、南王国は前6世紀に、消え失せた。分裂したのはソロモン以降である。ソロモンは、初代サウル、2代目のダビデに続く3代目の王である。このソロモンの時代に、イスラエル王国は最高の権勢と繁栄を極めた。その頃の輝きは、今でも「ソロモンの栄華」として語り継がれている。彼の事績については、聖書の列王記と歴代誌に記録されている。
「ダビデの子」
ソロモンは、ダビデとウリヤの妻バテ・シェバに生まれた。他にもダビデの子は多くいたが、神はこのソロモンをダビデに続く王とされた。それが神の定めだった。それはソロモンに卓越した英知を与え、イスラエルの民衆を治めさせ、後に生じる王国の分裂へと流れを繋げるためであった。
「ソロモンの箴言。」
「ソロモン」とは、父ダビデが付けた名前である。これは「平和を作る者」というほどの意味である。聖書の人物で、この名を持つ者は、ソロモン王以外にいない。この名前の意味通り、イスラエル王国はソロモンの治める時代が、最も平和であった。その頃のイスラエルは、周辺諸国と良い関係を保ち、安寧を享受した。エルサレム神殿も、ソロモンにより建設された。神は「平和の神」であられるため、神が住まわれる神殿も平和な時代に造られるのが望ましかったのである。ダビデ時代のイスラエル王国にはまだ色々と多くの騒乱があったため、神は神殿を建てておられなかった。
この巻は、ソロモンの「箴言」すなわち格言を集めた書である。もっとも、それは単なる人間的な箴言だと言えない。それは神の英知によりソロモンが語った箴言だからである。使徒パウロは「聖書は全て神の霊感によるもの」と述べた。この巻に収められている箴言も、当然ながら神により書き記されたのである。このため、我々がこれから見る箴言は、どれも記憶に値するものである。神の言葉ほど心に刻むべき重要なものは他にない。しかし、この巻にソロモンの語った箴言が全て収められているわけではない。ここにあるのは、そのうちの一部に過ぎない。Ⅰ列王記4:32では、ソロモンの箴言についてこうある。「彼は三千の箴言を語り、彼の歌は一千五首もあった。」もし彼の箴言が全て聖書に収められたとすれば、この箴言は膨大な量となっていたであろう。これでは聖書全体の秩序と構成にアンバランスが生じる。このため、神は3000ある箴言のうち、少しだけが聖書に記録されれば良しとされたのだ。だが、我々に益するために必要なだけの量はしっかり記録されているため、全体の少しだけしか彼の箴言を知ることができなかったとしても、特に問題とはならない。