『わが子よ。彼らといっしょに道を歩いてはならない。あなたの足を彼らの通り道に踏み入れてはならない。』(1:15)
ソロモンは、邪悪な罪人たちに決して組するなと命じる。ほんの少しでさえ、彼らの悪い道に入り込んではならない。彼らとその悪から遠ざかるべきなのだ。遠ざかれば遠ざかるほど、悪の道を避けられる。興味本位で彼らの邪悪な歩みを体験しようとしたり、少しだけならなどと思って協働する、ということもいけない。そのようにすれば、結局は深みに引きずり込まれないからである。ちょっとしたきっかけが、悪への潤滑剤になることはあり得る。だから、僅かなきっかけさえも断ち切るべきである。
『彼らの足は悪に走り、血を流そうと急いでいるからだ。』(1:16)
忌まわしい罪人は、とにかく早めに人を殺し、急いで血を流したいと望んでいる。速ければ速いほど彼らにとっては好ましい。何故なら、それだけ速やかに富むことができるからである。殺しが遅くなるほど、彼らには不満となる。それは富むまでの時間が伸びることを意味するからだ。すぐに富むため、すぐに殺しの強奪を望む。これは何と忌まわしいことであろうか。だから、もし彼らの悪しきオファーに乗り、その仲間となるなら、我々も邪悪な行ないに染まってしまう。神の子とされた聖なる民である我々が、正しい道を捨て、強奪の殺人ゲームに陥る。こんなことはあっていいはずがない。「悪を憎み、善に親しみなさい。」と使徒パウロが言った通り、我々は彼らの悪しき道から遠ざかり、正しい歩みを求めるべきである。