聖書の学び

聖書の学び

Ⅰ列王記9:5~6(2023/11/28)

【9:5】
『わたしが、あなたの父ダビデに、『あなたには、イスラエルの王座から人が断たれない。』と言って約束したとおり、あなたの王国の王座をイスラエルの上に永遠に確立しよう。』
 神は、もしダビデの子孫が正しく歩むならば、ダビデの子孫から王座を取り上げないと約束されました。これは神が御恵みをその敬虔な人だけでなく敬虔な子孫にまでも継承して下さる御方だからです。『わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで保つ』と律法で言われた通りです。正しく歩む者とその子孫に対し、神は慈しみ深くあられます。ですから、もしダビデの子ソロモンも正しく敬虔に歩むならば、神はソロモン『の王国の王座をイスラエルの上に永遠に確立し』て下さいます。これは「2回」が聖書において確認の意味を持つからです。ダビデに続いてその子ソロモンまでも御前に正しく歩むことが確認されたならば、この2人の子孫たちもずっと正しく歩むだろうことが分かるでしょう。それゆえ、ソロモンもダビデのごとく歩むならば、その子孫に王権はずっと確立されたままとなります。こういうわけですから、ソロモンの振る舞いにイスラエルの王権が保たれるかどうかが、かかっていました。すなわち、ソロモンが敬虔に歩むかどうかで、これからの子孫における王権の状態が変わってしまうわけです。当然ながらソロモンは主が願っておられる通り、正しく歩むべきでした。

 

【9:6】
『もし、あなたがたとあなたがたの子孫が、わたしにそむいて従わず、あなたがたに授けたわたしの命令とわたしのおきてを守らず、行ってほかの神々に仕え、これを拝むなら、』
 神はここで、イスラエルが背く罪に陥ることを述べておられます。イスラエルは神の民であったものの、罪深い点では他の民族と何も変わりませんでした。ですから、イスラエルが聖なる民であったとしても、常に背き去る可能性をその内に潜めていました。イスラエルといえども、いつも忠実な御使いのようではなかったのです。実際、イスラエルは幾度となく背きの罪に陥りました。イスラエルが『行ってほかの神々に仕え、これを拝む』という罪は、背きの極致です。何故なら、偶像崇拝に陥るというのは、根本的に神から背き去っているからです。こうなったらもうイスラエルは最悪の状態にまで堕落しているのです。そのような堕落はあまりにも大きな罪悪です。しかし、実際にイスラエルはこういった偶像崇拝の罪を何度も犯したのです。『ほかの神々に仕え』ると共に『これを拝む』というのは、二重の罪です。何故なら、それは仕えるだけというのでなく、また拝むだけというのでもないからです。ただ偽りの神々に仕えるだけでも悪であり、ただ拝むだけというのでも悪です。であればこの2つを共に行なうのであれば、その罪深さは一体どれだけ大きいことでしょうか。

Ⅰ列王記9:3~4(2023/11/27)

【9:3】

『わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある。』
 神はソロモンの祈りを聞き入れて下さいましたから、いつも宮にその御目と心を向けていて下さいました。つまり、宮で起こることは何であれ神の御前に重視されます。それは決して軽んじられないのです。当然ながら宮で捧げられる祈りもそうです。ですから、神は宮で捧げられる祈りを重視して聞いて下さいました。

 

【9:4】
『あなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正しさをもって、わたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し、わたしのおきてと定めとを守るなら、』
 ダビデは神の御前で『全き心と正しさをもって』歩みました。パリサイ人の場合、外面的には正しく歩んでいるかのようでしたが、その内側は全く駄目でした。しかし、ダビデは外面的に正しかっただけでなく内面的にも正しく振る舞っていたのです。しかし、このようなダビデであっても幾つかの罪の場合は話が別でした。例えば、バテ・シェバ事件での罪や人口調査における罪がそれです。神はこのようなダビデのごとく、ソロモンも正しく歩むのを求めておられます。何故なら、ダビデが正しく歩んだのは御心に適っており、その子であるソロモンも父に倣うべきだったからです。ソロモンがどれだけ敬虔に歩もうとしても、罪を犯すことから免れはしません。ソロモンが言ったように『罪を犯さない人間はひとりもいない』からです。キリストを除き、あらゆる人間は堕落しているため、罪に陥ってしまいます。しかし、ソロモンが罪を避けられなかったとしても、全力を尽くして神の御前で敬虔に歩もうとすべきでした。ここで神が『わたしがあなたに命じたことをすべてそのまま実行し』なさいと言っておられるのは、つまり聖なる戒めから右にも左にも逸れてはならないということです。このような忠実さは当然ながら今の聖徒たちにも求められています。

Ⅰ列王記9:3(2023/11/26)

【9:3】
『わたしは、あなたがわたしの名をとこしえまでもここに置くために建てたこの宮を聖別した。』
 神は、ソロモンが建てた『宮を聖別』されました。これは、つまり宮が神の住まいとして全く聖にされたということです。ですから、この宮は俗的な建築物でありませんでした。それは全く神的な建築物です。このため、聖徒たちはこの宮を重視すべきでした。

 

 ここで言われている通り、この宮は主の御名を『とこしえまでも』置くために造られました。この『とこしえまでも』とは文字通りの意味です。すなわち、これは「限りない時間が経っても」ということです。「しかし、紀元70年においてこの宮は滅ぼされ、再建されてもいないじゃないか。」などと言う人がいるかもしれません。確かにこの宮はローマ軍により全く滅ぼされ、しかもこれから2度と再建されることがありません。この宮がこれから再建される可能性はマイナス無限の無限乗%をさえ遥かに超えています。では、神がここで御自身の御名をとこしえまでも宮に置くと言われたのは偽りだったのでしょうか。決してそのようなことはありません。何故なら、この宮は滅ぼされたものの、今や聖徒たちの身体に切り替えられたからです。神は今でも聖徒という神殿に御自身の御名を置いておられます。ですから、神は聖徒という神殿において今でも歩んでおられます。それゆえ、これからもこの御言葉は聖徒という神殿において全うされ続けるのです。

Ⅰ列王記9:2~3(2023/11/25)

【9:2】
『主は、かつてギブオンで彼に現われたときのように、ソロモンに再び現われた。』
 神は、かつてソロモンに現われ、ソロモンの願いを聞き入れられました。そのようにしてソロモンは神の英知を持つ者とされたのです。その時に神が『現われた』のは夢においてでした。神がソロモンに現われた『ギブオン』はエルサレムから20kmほど北西に離れており、そこはベニヤミンの相続地でした。この出来事は既にもう見た通りです。神は再びソロモンに現われて下さいました。それは『かつてギブオンで彼に現われたときのように』でしたから、この時も夢において神は現われました。それは単なる夢でありませんでした。神が本当に夢でソロモンに対し現われて下さったのです。そのように神が現われたのは御言葉を与えるためでした。その御言葉は次の3節から9節までに書かれています。

 

【9:3】
『主は彼に仰せられた。「あなたがわたしの前で願った祈りと願いをわたしは聞いた。』
 神はソロモンの祈りを聞いて下さいました。その祈りとは、つい先ほど見たあの祈りのことです。神はどれだけソロモンの祈りを聞いて下さったのでしょうか。それは祈りの全てです。何故なら、私たちが既に見たあの祈りの内容は、どれも御心に適っていたからです。もし何か御心に適わない部分があれば、神はその部分を指摘され、恐らく「但しあの願いについては別である。」などと言っておられたはずです。このように神はソロモンの祈りを聞かれたので、民が宮で祈るその祈りは神から聞き入れられることとなりました。またイスラエルが悔い改めて赦しを求めるならば、神はキリストにおいて赦して下さいます。神は宮にいつもその御目を向けていて下さいます。また異邦人も宮で祈るならば神はその祈りを聞き入れて下さいます。このように祈りが全て聞き入れられたのは幸いなことでした。ですから、祈りが聞かれたことを知らされたソロモンは大いに喜んだはずです。

Ⅰ列王記8:66~9:1(2023/11/24)

【8:66】
『主がそのしもべダビデと、その民イスラエルとに下さったすべての恵みを喜び、心楽しく彼らの天幕へ帰って行った。』
 民が王に祝福の言葉を述べると、民は『彼らの天幕へ帰って行』きました。近くから来た者は近くに帰り、遠くから来た者は遠くに帰りました。この『天幕』とは要するに住まいの家です。ここで言われている通り、神は『そのしもべダビデ』に恵みを与えられました。その恵みとは、神がダビデを召し出され、王として立て、戦いで勝利を得させ、ずっと守り続けたこと等です。また神は『その民イスラエル』にも恵みを与えられました。それは神がイスラエルをエジプトから連れ出されたこと、神の民とされたこと、約束の地を与えられたこと、等々です。民はこのダビデと御民に与えられた『すべての恵みを喜び』ました。何故なら、神がダビデと御民に恵みを与えられたというのは、非常に幸いなことだからです。こうして民は『心楽しく彼らの天幕へ帰って行』きました。彼らが『心楽しく』帰れたのは、この時に純粋な喜びがあったからです。その喜びを妨げる問題がこの時のイスラエルにはありませんでした。もしそのような妨げがあったならば、『心楽しく』帰るのは難しかったでしょう。つまり、この時のイスラエルは霊的に良い状態でした。しかし、これからイスラエルは霊的に堕落してしまいます。また、このように『楽しく』帰れたのは神の祝福があった証拠です。神の祝福があれば楽しさも生じるものだからです。その最も良い例は天国です。

 

【9:1】
『ソロモンが、主の宮と王宮、およびソロモンが造りたいと望んでいたすべてのものを完成したとき、』
 ここで言われている『主の宮と王宮』については、もう既に見た通りですから、ここで説明する必要はないでしょう。しかし『ソロモンが造りたいと望んでいたすべてのもの』とは何でしょうか。これは町々のことでしょう。これらをソロモンが『完成』させることが出来たのは、神の御恵みによります。神はこれらの『完成』を妨げられませんでした。もしこれらの『完成』が御心でなかったとすれば、妨げにより完成されることはなかったでしょう。

Ⅰ列王記8:65~66(2023/11/23)

【8:65】
『ソロモンは、このとき、彼とともにいた全イスラエル、すなわち、レボ・ハマテからエジプト川に至るまでの大集団といっしょに、七日と七日、すなわち十四日間、私たちの神、主の前で祭りを行なった。』
 この時には、『レボ・ハマテからエジプト川に至るまでの』『全イスラエル』がやって来ていたので『大集団』となっていました。しかし、『大集団』といってもその実際的な人数がどれぐらいだったかまでは分かりません。この時にイスラエル人は『七日と七日』、宮の場所にいました。最初の『七日』は『祭壇の奉献』(Ⅱ歴代誌7章9節)が行なわれ、次の『七日』は『祭り』(同)が行なわれました。これらがどちらも「7」日だったのは、どちらも聖なる行事だったからです。ここでの「7」は明らかに意味があります。またこの『七日と七日』を合計した『十四日間』における「14」も、明らかに意味があります。これは「14」ですからこの期間が長くなかった、もしくは短く感じられた、という意味でしょう。このようにイスラエル人は『祭りを行なった』のですが、これはこの時が記念すべき喜ばしい時だったからです。この祭りはかなり大規模だったはずです。何故なら、祭りの規模とある出来事の大きさは比例しているのが常だからです。それゆえ、もしこの時における出来事があまり大きくなければ、それに応じ祭りの規模もそこまで大きくはならなかったでしょう。

 

【8:66】
『八日目に、彼は民を去らせた。民は王に祝福のことばを述べ、』
 ソロモンは、『八日目』に民を各々の相続地へと『去らせ』ました。この『八日目』とは祭りの後における『八日目』であって、すなわち奉献式の第一日目から数えれば「15日目」です。ですから、15日目が『八日目』と言われていたとしても、間違っているということはありません。聖書は単にこれが祭りにおける『八日目』であると明瞭に述べていないだけです。ここでは『去らせた』と書かれていますが、これはソロモンが民を強制的に束縛していたというニュアンスではありません。これは単に去らせる時期となったので去らせただけのことです。そのように去る際、イスラエルの『民は王に祝福のことばを述べ』ました。これは王の栄えや長寿、また王に対する神の御恵みなどを願い求める言葉だったのでしょう。この時は宮が完成したのですから、こういった『祝福のことばを述べ』るのが相応しかったのです。

Ⅰ列王記8:64(2023/11/22)

【8:64】
『その日、王は主の神殿の前の庭の中央部を聖別し、そこで、全焼のいけにえと、穀物のささげ物と、和解のいけにえの脂肪とをささげた。主の前にあった青銅の祭壇は、全焼のいけにえと、穀物のささげ物と、和解のいけにえの脂肪とを受け入れるには小さすぎたからである。』
 既に見た通り、この時に用意された捧げ物は非常に多い量でした。ですから、『主の前にあった青銅の祭壇』では、それら全てを捧げるには『小さすぎ』ました。この『青銅の祭壇』は宮の庭の北側にあり、それは宮から見れば左側にありました。この祭壇の詳細は既に見た通りです。こういうわけでしたから、ソロモンは『主の神殿の前の庭の中央部を聖別し』、その場所で捧げ物が捧げられるようにしました。『中央部を聖別』したならば、そこにも犠牲式の祭壇を置けるようになります。そうすればそこで大規模に捧げ物を捧げることができます。つまり、このように庭の中央部を使わなければならなくなるほど用意された捧げ物は多かったわけです。しかし、このように庭の中央部が聖別されたのは、あくまでもこの時に限られました。これからも聖別された状態が続き、中央部で捧げ物を捧げることができたわけではありません。これからは通常通り『主の前にあった青銅の祭壇』でのみ捧げ物が捧げられたはずです。この時にソロモンが『中央部を聖別し』たのは、どうしても仕方が無かったのです。ソロモンが捧げたのは全部で3つでした。『全焼のいけにえ』は罪の贖いのためです。『穀物のささげ物』は感謝の捧げ物です。『和解のいけにえ』とは神と和解するための犠牲です。この時の大規模な犠牲式における捧げ物を、神はその御前で受け入れられたことでしょう。何故なら、この時は記念すべき喜ばしい時だったからです。またこの時のイスラエル人は神に対する背きの罪を犯していなかったはずです。ですから、この時のイスラエルに神への捧げ物が拒まれる理由は何もありませんでした。