聖書の学び

聖書の学び

Ⅰ列王記13:8~10(2024/02/19)

【13:8~10】
『すると、神の人は王に言った。「たとい、あなたの家の半分を私に下さっても、あなたといっしょにまいりません。また、この所ではパンを食べず、水も飲みません。主の命令によって、『パンを食べてはならない。水も飲んではならない。また、もと来た道を通って帰ってはならない。』と命じられているからです。」こうして、彼はベテルに来たときの道は通らず、ほかの道を通って帰った。』
 神の人がヤロブアムのもてなしを受けたかったかどうかは分かりません。是非とも受けたかったかもしれませんし、心が動かされなかった可能性もあります。いずれにせよ、神の人がどのように思ったかはあまり重要でありません。彼がどう思ったにせよ、『主の命令』が彼にはありました。ですから、神の人がヤロブアムの求めに応じることはありませんでした。これは正しいことでした。もし神の人がヤロブアムのもてなしを受けていれば罪となっていました。ここで神の人はたとえヤロブアムが『家の半分を』与えてくれるとしても、決して応じようとしませんでした。何故なら、神の命令は絶対だからです。王であろうとも神の御言葉に優先されることがあってはならないのです。また神の人には『もと来た道を通って帰ってはならない。』という命令も与えられていました。これもやはり神の人は素直に守り行ないました。もし神の人が行きと同じ道を通って帰るならば、それは罪でした。神は神の人に具体的な帰り道を指示しておられませんでした。ですから、神の人は『もと来た道を通って帰』るのでなければ、帰りの道で好きな道を通る自由が与えられていたはずです。しかし、神はどうして『もと来た道を通って帰ってはならない。』と命じられたのでしょうか。聖書はその理由を何も示していません。これは恐らく、神の人が本当に神の命令を守るかどうかテストするためだったのかもしれません。この通り、神の命令とは素直に守り行なわれるべきものです。そうしないので人は悲惨な状態に陥ることとなるのです。というのも、神は御自分の命令に背く者をお怒りになるからです。