聖書の学び

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Ⅰ列王記12:18~19(2024/02/05)

【12:18】
『レハブアム王は役務長官アドラムを遣わしたが、全イスラエルは、彼を石で打ち殺した。それで、レハブアム王は、ようやくの思いで戦車に乗り込み、エルサレムに逃げた。』
 レハブアムに反発した10部族に対し、『レハブアム王は役務長官アドラムを遣わし』ました。これはアドラムにより10部族を管理させるためか、アドラムを通して説得させようとしたのでしょう。レハブアム王は、自分自身で民に会おうとせず、このような代理者を遣わしました。これは反発した民を避けるための恐怖心からだったでしょうか、それとも自分が行くまでもないという高慢からだったでしょうか。いずれにせよ、レハブアムはアドラムを通して10部族に働きかけようとしました。ところが、『全イスラエルは、彼を石で打ち殺し』ました。民がアドラムを殺したのは、民がレハブアムを嫌っていたからです。レハブアムに遣わされたアドラムは、レハブアムの部分また延長です。ですから、レハブアムを嫌っていた民は、レハブアムの遣わしたアドラムをも嫌ったのです。レハブアムは嫌いであるもののアドラムならば問題ないというわけにはいきませんでした。この時にアドラムが石で打ち殺されたのは、つまり死刑に処せられたのです。何故なら、石で打ち殺すというのは当時の死刑方法だったからです。このようにアドラムが殺された時、『レハブアム王は、ようやくの思いで戦車に乗り込み、エルサレムに逃げ』ました。これは民がアドラムだけでなくレハブアムも捕まえて殺そうとしたことを示しています。この時のレハブアムはエルサレムでない場所に出張していました。エルサレムに逃げたレハブアムは、ひとまずのところ安全になったはずです。というのもエルサレムのあるユダの人々はあくまでもレハブアムを王として持ち続けていたからです。レハブアムは民に反発したからこそ、こういった悲惨を味わうことになりました。しかし、こうなったのはそもそもソロモンが酷い堕落に陥ったからです。ソロモンが偶像崇拝の罪を犯さなければ、レハブアムはこのように悩まされることもありませんでした。しかし、神はこのように民がレハブアムに反発することを許されました。それはソロモンにおける呪いを通して神の御計画が実現されるためだったのです。

 

【12:19】
『このようにして、イスラエルダビデの家にそむいた。今日もそうである。』
 こうしてイスラエルの10部族は、『ダビデの家』に治められているユダ族と離れ去りました。こうなったのはソロモンのゆえに注がれた呪いです。しかし、もう死んだソロモンはこの呪いを感じることがありません。ソロモンの子孫がその呪いを味わうのです。このようにして神の呪いは全うされるのです。ここで『今日もそうである。』と書かれているのは、このⅠ列王記が書かれた時代でも10部族はダビデ王家に背いたままだったということです。このことから、この巻の書かれた時代が分かりそうです。このように書かれているのであれば、この巻はまだ北王国イスラエルが存続している時代に書かれたのでしょう。つまり、まだ捕囚の刑罰が北王国イスラエルに下されていない時期です。そうだとすれば、このⅠ列王記はアッシリア捕囚が起こる紀元前720年よりも前に書かれたのでしょう。