聖書の学び

聖書の学び

Ⅰ列王記19:14~15(2024/06/28)

【19:14】
『エリヤは答えた。「私は万軍の神、主に、熱心に仕えました。しかし、イスラエルの人々はあなたの契約を捨て、あなたの祭壇をこわし、あなたの預言者たちを剣で殺しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを取ろうとねらっています。」』
 神から先と同様のことを聞かれたエリヤは、先に答えたのと同じ内容で答えました。エリヤは以前と全く同一のことを言いました。つまり、これは繰り返しです。ここにおいてエリヤの状態また思いがまざまざと示されました。神はこのようことを確認するため、エリヤに2度同じことを聞かれたのでした。ここでエリヤが先と同じ答えをしていることから、エリヤが偽りを言っていないことは明らかです。何故なら、もしここでの答えが偽りだとすれば、先の答えにおける偽りと合わせ、エリヤは二重の偽りを語ったことになるからです。エリヤは神に対し、こういった偽りを語るはずがありません。ここでの内容は先に見た箇所と同じですから、また内容の説明をする必要はないでしょう。

 

【19:15】
『主は彼に仰せられた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油をそそいで、アラムの王とせよ。』
 エリヤの答えを確認された神は、エリヤが『ダマスコの荒野へ帰って行』くよう命じます。『ダマスコ』とは、イスラエル国の北東に位置する国の首都であり、そこはアラム人の国でした。ここに行くよう命じられたエリヤ自身はアラム人ではありませんでした。ここではエリヤに『ダマスコの荒野へ帰って行け』と言われていますが、これはエリヤがダマスコの地域にいたからでしょう。この『ダマスコの荒野』で、エリヤは『ハザエルに油をそそいで、アラムの王とせ』ねばなりません。この『ハザエル』こそアラムの王として定められていたからです。神の御心に定められた者だけが、このように国家の王となります。その時にエリヤが『油をそそ』ぐのは、王に任職するための聖なる儀式です。古代で新しい王となる時は、よくこのような儀式が行なわれていました。それは預言者や祭司といった高貴な存在の職務でした。この油注ぎは、王だけでなく、預言者や祭司が就任する際にも行なわれました。これは非常に重要で決定的な儀式でした。