【22:18】
『イスラエルの王はヨシャパテに言った。「彼は私について良いことを預言せず、悪いことばかりを預言すると、あなたに言っておいたではありませんか。」』
ミカヤがアハブにとって『悪いこと』をまた預言したので、アハブは不満をヨシャパテにぶつけます。アハブはここで、「こういう預言がされると分かっていたのでミカヤを呼ぶのは嫌だったのだ。」とでも言おうとしているかのようです。ミカヤが『良いこと』だけ預言していれば、アハブもミカヤを不快に思わなかったでしょう。しかし、ミカヤはアハブの嫌がる『悪いことばかりを預言』していました。ミカヤがそうしたのは、アハブが罪深い堕落した歩みをしていたからです。ですから、アハブがミカヤから不快になる預言ばかりされていたのは、アハブにとり自業自得だったことが分かります。神はミカヤを通して、アハブに思い知らせておられたのです。
【22:19】
『すると、ミカヤは言った。「それゆえ主のことばを聞きなさい。』
アハブが不満がっているのを見たミカヤは、この機会を捉え、『主のことば』をアハブに聞かせます。その御言葉はアハブが戦慄するような恐るべき内容です。
『私は主が御座にすわり、天の万軍がその右左に立っているのを見ました。』
ミカヤは、自分が見た天の光景について話します。それは実際における天の光景でした。神がその光景をミカヤに見せられたのです。ミカヤが見た光景では、『主が御座にすわ』っておられました。これは主が天の場所を王として支配しておられることです。そして、『天の万軍がその右左に立ってい』ました。『天の万軍』とは、つまり御使いのことです。しかし、後の箇所からも分かる通り、その中には『偽りを言う霊』もいましたから、悪霊もいたことになります。何故なら、聖なる天使がどうして人間に偽りを言わせるのでしょうか。ありえないことです。ですから、『天の万軍』には悪霊も含まれていたことが分かります。その群れは主の『右左に立ってい』ました。どうしてそうなのかと言えば、それは秩序のためか、主の威厳を際立たせるためか、この両方のどちらかでもあったのでしょう。