聖書の学び

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Ⅰ列王記21:16(2024/08/31)

【21:16】
『アハブはナボテが死んだと聞いてすぐ、立って、イズレエル人ナボテのぶどう畑を取り上げようと下って行った。』
 ナボテが死んだとイゼベルから聞いたアハブは、『イズレエル人ナボテのぶどう畑を取り上げようと下って行』きました。アハブはイゼベルからナボテがどのように死んだか知らされたのか分かりません。もしかしたら、イゼベルは詳しくナボテの死について話していたかもしれません。しかし、詳しくは伝えなかった可能性もあります。いずれにせよ、アハブにとって、ナボテの死は益となりました。何故なら、ナボテが死んだからこそナボテの畑を入手できるのだからです。このためにこそ、アハブはナボテの畑にまで行くわけです。ここで『立って』と書かれているのは、つまりアハブが不満になって横になっていたからなのでしょう。これは精神的な意味において立つというより、実際的な意味での立つという意味でしょう。アハブがナボテの畑を取り上げに向かったのは『すぐ』でした。これはアハブがどれだけナボテの畑を得たかったかよく示しています。『すぐ』に行けば、それだけアハブの不満もすぐ鎮まることになるのです。このようにアハブはナボテの畑を取り上げるつもりでいました。この時のアハブはどのような思いだったでしょうか。畑が得られることを考えて非常な喜びに満たされていたでしょうか。それともイゼベルがナボテに対してどのような企みをしたのか少し心配していたでしょうか。実際にどうだったか聖書はここで示していません。アハブのことですから、喜びに溢れて『ナボテのぶどう畑を取り上げようと下って行った』可能性も高いと見てよいでしょう。