聖書の学び

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Ⅱ列王記4:41(2025/04/10)

【4:41】
『エリシャは言った。「では、麦粉を持って来なさい。」彼はそれをかまに投げ入れて言った。「これをよそって、この人たちに食べさせなさい。」その時にはもう、かまの中には悪い物はなくなっていた。』
 煮物が食べられないと分かりましたから、エリシャが『麦粉』を『かまに投げ入れ』ると、その煮物は食べられる物となりました。投げ入れられた麦粉が毒消しの効果を持っていたのではありません。つまり、その麦粉が特殊な麦粉だったというのではありません。それはごく普通の麦粉だったでしょう。麦粉そのものがどうとかいうのではなく、神がエリシャの投げ入れた麦粉により奇跡を行なって下さったのです。何故なら、エリシャは『神の人』であり、そのような者により奇跡を行なうのは神の御心に適っているからです。ですから、エリシャでない者が麦粉を投げ入れたとしても、釜の中にある煮物は食べられないままだったでしょう。先にゲハジがエリシャの杖を用いても、神が奇跡を行なわれなかったのと同じことです。このようにして、神はエリシャを通して御自分の栄光を現わされました。またその奇跡により、エリシャは『神の人』であるということが、ますます確かに分かることとなりました。こういうわけですから、煮物の中に毒が入っていたのは、良い結果に至りました。ですから、煮物が食べられないようになったのは神の御心だったわけです。もし煮物が普通に食べられたとすれば、エリシャが奇跡を行なうことも、その奇跡により神の栄光が現わされることもなかったでしょう。神は御心に適ったことをなさいます。