Ⅰ列王記7:31~33(2023/09/23)
【7:31~33】
『洗盤の口はささえの内側にあって、一キュビト上に出ており、その口は丸く、花模様の細工があって、一キュビト半あり、また、その口の上にも彫刻がしてあり、わくの鏡板は四角で、丸くなかった。鏡板の下には四つの車輪があり、車軸は台に取りつけられ、一つの車輪の高さは一キュビト半であった。その車輪の作りは戦車の車輪の作りと同じで、車軸も、輪縁も、幅も、こしきもみな、鋳物であった。』
台の車輪は『戦車の車輪の作りと同じ』でした。つまり、その車輪は単なる飾りでなく、実用的な部分として作られていました。もっとも、同じ車輪と言っても、こちらのほうの車輪は戦車の車輪に比べて芸術的に作られていたことでしょう。その車輪に関わる部分は全て『鋳物』でした。鋳て作られたというのは覚えておくべきでしょう。その車輪の『高さは一キュビト半』すなわち66cmでした。これはかなり身長の高い人の約3分の1ぐらいの高さ、また小さな子どもの半分ぐらいの高さです。先に見た通り台の高さは1.32mでしたが、この車輪が台の下に隠れていたのか、隠れていなかったのか、隠れていたとすればどのぐらいの割合が隠れていたのか、などについてはよく分かりません。この台には『洗盤の口』が作られていました。その口は『ささえの内側にあって』、外側に向けては作られていませんでした。その口は『一キュビト』すなわち44cm上に出ていました。また、その『口は丸く、花模様の細工があっ』たというのは、そこにも芸術性が現われていたことを示します。その口は『一キュビト半』すなわち66cmありました。そして、『その口の上にも彫刻がしてあ』りました。このような部分も手抜きは全くされていなかったのです。この『わくの鏡板は四角で、丸くなかった』のですが、これは先に見た『鋳物の海』が『円形』だったのと異なります(Ⅰ列王記7:23)。この台の場合、鋳物の海と違い、四角くするべき物だったのです。