Ⅰ列王記21:28~29(2024/09/08)
【21:28~29】
『そのとき、ティシュベ人エリヤに次のような主のことばがあった。「あなたはアハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間は、わざわいを下さない。』
神の御言葉を聞いたアハブが悔いた態度となったので、『ティシュベ人エリヤに』対し『主のことばがあ』りました。神は、アハブの態度を全て御覧になっておられました。その態度は神の注目するところとなりました。ですから、神はエリヤに御言葉を告げられたのです。ここで神が言っておられる通り、アハブは神『の前にへりくだってい』ました。神がこう言われたのです。ですから、アハブの悔いた態度は本物の態度でした。もしこれがパリサイ人のような見せかけであれば、神はこのように言われなかったでしょう。この通り、アハブは『へりくだってい』ましたから、神は『彼の生きている間は、わざわいを下さない』と言われました。これは神が悔い改める者には憐れみ深い御方だからです。神は憤りより憐れみに傾かれる御方です。ですから、もし神が憐れむならば憤りのほうは取り下げられるわけです。このようにアハブが悔いた態度を見せたのは、アハブにとり幸いな結果となりました。アハブは本当に悔いたからこそ良かったのです。もしこのようにアハブが悔いていなければ、そのまま下されるべき『わざわい』がアハブに対し下されていたことでしょう。